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開咬矯正日記1~アゴを削ると言われた日

歯の矯正

小学生の頃からお世話になっていた歯科医院が閉院した。
そこから一年近くたち、歯のメンテナンスをしてもらいたくなった私は、新たな歯科医院のお世話になることにした。

そこで聞いた衝撃的な言葉。
「アゴを削る必要があります」

お世話になっていた歯科医院の閉院

それは唐突だった。

小学校の頃から通っていた歯科医院。
歯が削れたりして緊急治療をしてもらったこともあったが、定期的なメンテナンスでしか行かなかった歯科医院の待合室には『五か月後に閉院します』の紙が貼られていた。

理由を聞くことはなかったが、歯科医師は70歳近い高齢であるため仕方がないことではあった。
今まで私の歯をきれいにしてくれてありがとう。
馴染みの歯科医師や歯科衛生士さんと挨拶を交わし、最後のメンテナンスを終えて一年が過ぎようとしていた。

新しい歯科医院へ

インターネットで近場の歯科医院を検索し、『歯を残す治療』を信条としている医院のお世話になることに決めた。
前の歯科医院では『なるべく削らない治療』を信条としていて、同じ方向性だと思ったことが決め手だ。

受付には電話で予約したときと同じく、明るくはきはきと喋る愛想のよいお姉さん。
人見知りの私はきょどりながら初診票を記入した。

初めての方は写真を撮らせていただきますと説明を受ける。
歯のレントゲン、口内写真、一目で誰かわかるように顔写真。
三つ目を聞いた途端、絶望した。

写真撮影終了後、画面に映された複数枚の写真の中には、へにょった前髪とうつろな目をした私がいた。

メンテナンス

治療前、これから行うメンテナンスの内容について、丁寧に説明をしてくれた。
始まった治療の中でも「~しますね」と逐一声を掛けられながら「きれいに磨けていると思います」とお褒めの言葉をいただく。

余談だが、私は夜の歯磨きに15分の時間を費やしている。
前歯科医院での指導を守り、歯ブラシ、タフトブラシ、フロスという三種の神器を用いた私に虫歯の文字はない。
これにメンテナンスが加わることで完璧たる歯の維持を保ってきた。

そんな自画自賛を胸に抱きながらも治療は進む。
約一年たまった歯石をゴリゴリ削り落としてくれて、25分で治療は終了した。

たったひとつの懸念事項

あれは中学生の頃だっただろうか。
歯ぎしりをしていると言われた私は、母が買ってきてくれた形状記憶型マウスピースを使用した。
自分で型を作り着用するものだったが、その違和感に慣れず早々にやめてしまった。
だが、私の歯を変化させるには十分だった。

私の歯を見ながら「うんうん、問題ないね」と頷いていた先生が突如、声をあげる。
「えっ。隙間あいてる!」

奥歯は当たってるのに前歯は当たらない。

そう。
私の上と下の前歯は、くっつかなくなってしまった。
いわゆる開咬(オープンバイト)だ。

それから数年たち、私は歯ぎしり常習犯となった。

当たっている奥歯のみが削られていき、隙間のある自由な前歯はすくすく育った。

頬のマッサージをして歯ぎしりをしないように指導を受けたり、負担が奥歯だけにならないように隙間を埋める形のマウスピースを手作りしてくれたが、当時の私は微妙な反応だった。

確かに細くて硬いものを前歯で噛み切ることはできないが、そこまで支障があると思っていなかったからだ。
いつか奥歯がなくなっても、それに変わる歯を入れてもらえばいいやと口笛吹いていた私に、新しい歯科医師は言った。

「これは矯正したほうがいいです」
「そのうち奥歯がなくなります」
「歯ぎしりしているため骨隆起がかなり出っ張っています。これだと将来的に奥歯がなくなっても入れ歯をすることがかなり難しい」
「一般の矯正歯科では対応できない。アゴを削る必要があるので希望されるなら大学病院を紹介します」
「治療に五年はかかる」

ふと思い返す、前歯科医師の言葉。

「矯正するなら大学病院を紹介するよ。〇〇にある大学だけど」

矯正歯科ならどこにでもあるのになんで大学病院?
あと〇〇は遠すぎるよ。

そんなことを思ったあの日の会話が繋がり、事態の重さを知った瞬間だった。

初めて会って5分もたっていない歯科医師に紹介状を書いてもらい、親切な受付のお姉さんは紹介された大学病院の公式HPから、受診の流れや休診日が記載されたページを印刷してくれていた。
とても好感度の高い歯科医院だった。

こうして私は、矯正治療を始めることになった。

母に報告

帰宅して事の顛末を報告した。

あんたの一生が終わるのが先か、矯正が終わるのが先か。
笑う母と同意する私がいた。

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